第一章
帝都の薄暗い路地を歩いていたアルフレッドは、その日もまた役所での退屈な書類仕事を終え、疲れ果てていた。
三十代半ばのこの男は、几帳面で真面目な性格が災いし、上司からも部下からも頼りにされる一方で、どこか冴えない日々を送っていた。夕暮れの冷たい風が彼のコートを揺らし、足元に落ちた一枚の革の手帳が目に留まった。黒い表紙に擦り切れた跡があるそれは、誰かが落としたものに違いなかった。
好奇心に駆られ、アルフレッドは手帳を拾い上げた。中を開くと、そこには几帳面な筆跡で書かれた日記や、料理のレシピ、帝都新聞の切り抜き、魔獣に関するメモ、そして様々な人物についての記述が詰まっていた。
ページをめくるたびに、知的好奇心がくすぐられる一方で、どこか不穏な空気を感じていた。そして、あるページに差し掛かったとき、彼の手が止まった。
そこには「クレア・リーヴェルト大尉」と書かれていた。アルフレッドはその名前を知っていた。鉄道憲兵隊に所属する大尉で、「氷の乙女」の異名を持つ有名人だ。
水色の髪をサイドテールにまとめ、黒い髪留めで整えたその姿は、帝都でも一目置かれる存在だった。部隊の指揮官として冷静沈着でありながら、導力銃を使った精密な射撃技術で知られていた。アルフレッドは一度だけ遠くから彼女を見かけたことがあり、その凛とした姿に心を奪われた記憶があった。
だが、手帳に挟まれた数枚の写真を見て、彼の心臓は激しく鼓動を始めた。そこに写っていたのは、制服ではなく私服姿のクレアだった。膝丈のスカートを履き、普段の厳格さとは異なる柔らかな表情を浮かべる彼女。
しかし、その写真には何か異様な点があった。明らかに盗撮されたものとわかるアングル――まるで透明人間が撮影したかのように、不自然な視点から捉えられたものばかりだった。
どこかにいる彼女を後ろから撮った姿。たなびくスカートの下から、薄いピンク色のパンツが覗いているもの。開脚して座る彼女を正面から捉えたものは、下着が丸見えだった。はしごを登るクレアの足元を下から見上げたショットは、臀部と下着が強調されていた。
さらに、魔獣と戦う彼女のスカートがふわっと舞い上がる瞬間や、攻撃を受けて足を広げた状態をローアングルから捉えたもの、足湯に浸かり生足をさらす姿、ビリヤードで前屈みになった背後からのショット、片膝立ちで待機中にスカートがめくれ、下着がちらりと見えている写真まであった。
これらの写真は、クレアが何度も繰り返し盗撮されていたことを示していた。アルフレッドは最初、憤りを感じた。こんなことが許されるはずがない。しかし、目を離せないまま写真を見つめているうちに、別の感情が湧き上がってきた。
扇情的なクレアの姿に、心の奥底で抑えきれぬ興奮がうずまき始めたのだ。彼女の無防備な瞬間を捉えた写真が頭にこびりつき、離れなかった。
夜、自室に戻ったアルフレッドは、手帳を手に持ったままベッドに腰を下ろした。クレアの写真を何度も見返すうちに、彼の妄想は膨らみ、やがて恐ろしい欲望へと変わっていった。
「彼女を撮りたい」
その考えが頭を支配し始めたとき、手帳の最後のページに何も写っていない一枚の写真があることに気付いた。白紙の写真に指を触れた瞬間、まばゆい光が彼を包み込んだ。
目が眩み、思わず目を閉じたアルフレッドが次に目を開けたとき、そこは見知らぬ場所だった。目の前には、写真と同じ私服姿のクレア・リーヴェルトとその仲間たちがいた。
彼らは何かに向かって行動しているようだったが、誰もアルフレッドの存在に気付いていない。まるで幽体離脱したかのように、彼の身体はゆらゆらと浮かんでいた。
そして、手に握られていたのは一台のカメラ。
シャッターボタンには「F12」と刻まれていた。
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